5.敵としての皆守

(1)シナリオを貫く謎としての皆守

 皆守は主人公の親友ではあるが、謎めいたキャラクターでもある。それは前述のような性格のせいでもあるのだが、もちろんそれだけではない。
1stで墓地に現れたり墓守に対して慣れた反応をしたりする時点で既に不審なのだが、最初にはっきりと彼の謎が語られるのは2ndだ。ADV午後パート最後の過剰反応も分かりやすいが、遺跡攻略後、墓名のない墓石に花束を供えているシーンはあからさまである。以降も皆守は何かしら暗い過去を持っている様子や言動の不自然さ、《生徒会》に妙に詳しい様子などを見せながら、一向にそれについて語ろうとしない。

 プレイヤーの興味を引く謎はこのゲームに大小を問わずいくつも存在しているが、ここまで出現から解明までが長く、また提示される要素が多い謎は他に無い。現に、このゲームの要である天香遺跡の構造に関する謎は、ゲーム全編に渡って続くものの提示される要素は少ないし、真相に直接つながる伏線は5thの睡院メモが初出だろう。同様に謎めいたキャラクターとして登場する白岐も、1stの「この學園は、呪われているの」のように登場するたびに意味深長な発言を繰り返すものの、皆守ほど登場回数が多くはないために要素数では劣る。

 皆守の謎がはっきりと明かされるのは13thだ。それも、天香遺跡に関する謎のほとんどが解説された後になってである。このことから、皆守の謎はこのゲームのシナリオを最初から最後まで貫く要素であるといえる。

(2)皆守の内面の揺らぎ

 結論からいえば、彼は主人公を排除する《生徒会》の役員、《副会長》である。9thで生徒会長へ言う「……俺は葉佩*11が転校してきた時から、その動向を近くで見てきたが、」の通り、彼が1stの時点から主人公に接触し、再三忠告してきたのはその役職あってのことだったのだろう。だが、その発言はこう続く。「少なくともこいつに悪意はない。こいつの言葉に、行動に救いを見出した者がいる事も確かだ」。

 主人公との関わりによる皆守の内面の変化が描かれていることは2章でも述べた通りである。「いつもは他人の事などどうでもいい顔をしている」(5th端麗)のに、主人公に役職からだけではない興味を持ち(「お前は何のために《宝探し屋》( トレジャーハンター )なんてやってんだ?」4th)、行動を共にするうちに自分が守る《遺跡》にも疑問を持つ(「何故だ……。あの遺跡は何なんだ。何故……」9th)。
こうした皆守の変化は、他のキャラクターによっても言及される。「何にせよいい傾向だよ。君にとってもな。そうして人と関わる事を避けずに生きていけば、いつかアロマ(それ)も必要なくなる。葉佩のようないい友達もできた事だしな?」(5th端麗)、「皆守クン、最近ちょっと変わったかな〜って」(7th八千穂)。
最初は遺跡への侵入者に釘を刺すつもりだったろう忠告も、3rdで既にそれだけではなくなっている。「……葉佩――。お前が何をしにこの學園に来たのかなんて、俺にはどうでもいい事だ。だがな、死にたくなければあの遺跡の事は忘れろ」に対し【悲】で応えると、「……嫌なんだよ。面(ツラ)知ってる奴が死ぬってのは。……ちッ。何いってんだかな、俺も」という反応が返ってくるのがその証拠である。

 そのうちに、皆守は主人公に自分の正体を隠していることに揺れ始める。
「なあ……葉佩。人を信じるってのはどういう事だ? たとえばお前は、俺の事を――信用してるのか?」に【愛】で応えると「なッ――。馬鹿だ馬鹿だと思ってたがお前、ほんッとに馬鹿だな。そんなお前に訊いた俺も馬鹿だった。あークソッ。こんな話、二度としないからなッ」、【悲】か【憂】で応えると「……お前は、賢いよ葉佩」といった反応が返ってくるのが最初だろう(8th)。
最もあからさまなのは9thだ。主人公を含む學園のほとんど全ての者が白岐のことを忘れたにも関わらず、皆守は彼女を覚えている。更に彼はこう問いかける。「葉佩――。お前にだけは話しておく。例えこの學園のすべての奴があいつの存在を忘れ去ったとしても、俺には……、忘れる事ができない。それが何故だか、お前には解るか?」。「解る」と答えれば悲しそうな顔をし、「解らない」と答えればやわらかく笑う。そうして「俺はただ、もうこれ以上――お前の困った面も、八千穂の落ち込んだ面も、見ていたくないんだ」と続けた後、マミーズでの昼食に主人公を誘うのである。《生徒会》の関係者であることをほのめかしながらも、主人公の友人でいることをやめようとはしない。それは本当に最後まで続くことになる。

 皆守のクリスマスイベントは、彼が《副会長》として主人公の前に立ちはだかる一時間前の出来事である。主人公と過ごした三カ月を振り返り、避けられぬ決別への気持ちを語るそれは、そのぎりぎりでの最後の言葉と言ってもいい。
他のキャラクターのクリスマスイベントは、女性キャラクターなら主人公への告白、男性キャラクターなら信頼や激励、今後の話といったものである。皆守のイベントは特殊だと言えるだろう。それは、皆守の物語が未だ終わっていないからでもある。皆守はこの時点で既に墓から解放され、記憶も戻っている。だがそれは主人公と戦った結果ではない。ゆえに皆守の正体は主人公に明かされていないし、彼が《墓》に捧げた《宝》も、主人公の手元にはあるが、それにまつわる過去は不明なままだ。
 それを明かすのに、主人公と対峙する必要はないだろう。だが皆守は主人公と戦うことを選ぶ。「俺は、今でもお前のことを仲間だと思っている」(13th)のにも関わらずである。それは色々な意味で、彼なりのけじめだったのだろう。

 皆守との戦闘を終え、《生徒会長》を倒し、ラスボスを倒すと、お約束のように遺跡は崩壊する。《生徒会長》の阿門はその場に残ろうとする。皆守もそれに続く。幸いにも小夜子・真夕子の力で全員生きて遺跡から脱出できるのだが、二人が死を選んだという事実は変わらない。
それまでの物語の流れが結末を迎えた後のこのタイミングで皆守が死を選ぶというシナリオ構造にも何か見出せるようには思うのだが、情けないことに、筆者は未だこのイベントを冷静に見ることが出来ないので、ここでは考察を割愛する。

6.ジュヴナイルの体現としての皆守

 舞台となる天香學園に閉塞感を感じているキャラクターは何人もいる。その中で皆守は、この學園から抜け出したいという願望を語る唯一のキャラクターである。「あの流れていく雲みたいに、この學(ろう)園(ごく)から脱出(ぬけだ)して遠い異国(せかい)へ行ってみたいって気にはならないか……?」(6th)が端的であろう。
だが、その言葉に【悲】で答えると皆守はこう返す。「俺は、どこへも行かないさ。どこへも……な……」。彼は《墓守》だ。「どこにも行かないんじゃなくて、どこにも行けないんですよね」(メイキングブックp:130、今井)。
 《墓守》である以上、彼もまた大切な記憶を差し出し、《力》を得る代わりに遺跡に縛り付けられている。だが、その記憶を差し出したのは本人の意思だ。
覚えていることすらつらい記憶。それを封じることがどんな歪みを生むかを理解した上で、彼は記憶を差し出し、過去からも未来からも目を背けた。「毎日、ただぼんやりとその香り(ラベンダー)に埋もれて時を見送っていただけだった。何の希望も目的も持たず、生きて行く事さえ面倒だった」(9th双樹)。

 ここから抜け出したい、変わりたいと望む一方で、どこにも行きたくない、変わりたくないと望む。それはモラトリアムにおけるジレンマであり、ジュヴナイル作品であるこのゲームにおける重要な構造でもある。
 学校と遺跡、昼と夜、一般生徒と《生徒会》、地上と地下、意識と無意識。これを併せ持つのが天香學園であり、その影の部分を暴いていくのがこのゲームである。
 學園には一種の諦観が漂っている。《生徒会》による厳しい統制に、みな慣れきっている。何かあっても、しばらくしてその問題となった人物が行方不明になっても、生徒も教師も見ないふりだ。
 そうした現状を嘆いてはみても、積極的に変えようとする者はいない。エンディングテーマである「アオキキヲク」は、まさにそうした姿を描いている。「きっといつか誰か現れこの悪夢から私ごと救い出してくれるのだと信じた」。

 その「誰か」こそ主人公である。《転校生》であり、《宝探し屋》という一般常識さえ超えた場所に生きる部外者である彼が、學園の不文律に従うはずもない。主人公は諦観に囚われることもなく、次々と遺跡を暴き、封じられた記憶を暴き、《墓守》達を解放していく。*12

 それを一番近くで見ているのが皆守なのである。彼は《生徒会》において会長に次ぐ深さで《墓》に囚われ、7人もの《執行委員》*13の上に位置する《副会長》だ。その皆守が、初めて《墓守》の解放を目にした後の3rdで既に「自分の過去と真っ直ぐ向き合う、か……。あいつは……お前のおかげで救われたんだろうか」と発言している。その後も徐々に内面が変化していくのは5章で述べた通りだ。先程挙げた「どこにも行かないんじゃなくて、どこにも行けないんですよね」の後、今井の発言はこう続く。「少なくとも、本人はそう思っていた。主人公によって、変えられるまでは」(メイキングブックp:130)。

 変わりたい、変わりたくない。その葛藤は13thのクリスマスイベントで分かりやすく述べられている。「……どうしてずっと、このままでいられないんだ……。変化なんてのは鬱陶しいだけだ。そこに平穏があるのなら、そのままであって欲しいと願うのは間違いじゃないだろう……?」「わかってる。お前が差し伸べてくれている手を取ってしまえば、俺はきっと楽になれるんだろう。他の奴らのように……。だが、本当にそれでいいのか?(略)そんな俺が、この學園から解放される事が、……本当に、許されていいってのか?」。5章で述べたような敵であることの葛藤、蘇った記憶の中の罪を受け止めきれずにいることも相まって、なんとも痛々しい。
 だからこそ、この皆守と正面から戦い、倒し、本当の意味で解放することが最終話である13thの見せ場となる。學園の構造を体現した存在である、彼の物語の結末が語られることなく、このゲームの結末が語られることはないのだ。

7.結論

脚注

*11:セリフの引用内では主人公の名前をデフォルトの「葉佩」で統一する。実際にはプレイヤーが別の名前にすることも可能だし、発言者の好感度によって名字、名前、あだ名など呼び方は変動する。
*12:しかも、《墓守》たちは《力》を持っているのに対し、主人公はプロの《宝探し屋》ではあるもののただの人間なのである。これに燃えないはずがない。
*13:正確には、《執行委員》が《副会長》の下に位置すると言うべきである。彼らは《生徒会》の法に背く者を罰する委員で、皆守休職を受けて結成された。皆守が《生徒会》の実力行使を担当していたことは、このことや《副会長補佐》の能力から推測される。
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