皆守甲太郎はヒロインか?


1.はじめに

筆者が九龍妖魔學園紀(以下九龍)の皆守甲太郎(以下皆守)に惹かれてから二年以上が経過した。だが、ご存じのようにまだまだ彼にやられっぱなしである。
 筆者ほどの重症かどうかはともかくとして、九龍をプレイして彼に何らかの愛着を持たない人は少ないだろう。それが意図的であることは、脚本(の全てではないが)および監督を手掛ける今井秋芳の発言からもはっきりしている。「皆守が真相を明かして、主人公と戦う事になった時、ユーザーが彼を嫌いになったのだとしたら、シナリオとしては失敗だなと思っていました。それは、主人公と皆守の関係がそれまでのものだったという事ですから」(メイキングブック:p247)。
 ここからも分かるように、皆守は九龍において極めて重要な役割を担うキャラクターであり、一部のファンの間では「ヒロイン」とさえ称された。冗談がほとんどだったろうが、キャストの中にさえそう発言する者がいたことは面白い(メイキングブック:p92,p181)。
 そこでこのレポートでは、皆守というキャラクターがこのゲームでいかなる位置づけにあるかを分析し、皆守は果たして「ヒロイン」たりえるのかについて考察する。
 なお、レポートの性格上、シナリオの大きなネタバレとなる言及が多々あることをご了承いただきたい。

2.九龍におけるヒロイン

 皆守がヒロインであるかどうかを考える前に、まずこの章では九龍におけるヒロインとはどんな存在なのか、イベント面から定義する。

(1)九龍における主人公

 その前に、ヒロインに対応する存在としての主人公について確認しておく。このゲームの主人公は、他のゲームと違う特徴を持っており、キャラクターとの関係もプレイヤーの数だけ存在すると考えるからだ。

 このゲームの主人公は、容姿、名前、口調など、個人を特定する要素が基本的にはゲーム中に出て来ない。ゲーム外の画像などでも、常にゴーグルをつけており、個人を特定する要素である目が隠されている。これは主人公=プレイヤーを徹底したものだ。プロフィールが全てプレイヤーの入力で決定されること、一人称視点 を徹底したこと、感情入力システムにより実際の言葉を提示しない会話を実現したことなどにより実現されている仕様である。
 そのため、シナリオは大筋では一本道であるにも関わらず、主人公像はプレイヤーの数だけ存在する。これには、会話相手のキャラクターが、選択肢や感情入力に細かく反応することも一役買っている。入力できる感情は8+1通りあるが、その全てに違う反応が設定されていることの方が多い。感情入力は一話につき平均19.2回*1あることを考えると、プレイヤーによって違うキャラクターとのやり取りを見ることになると言っていい。
また、シナリオ上絶対に加入するバディ*2は2ndの皆守・八千穂と9thの白岐のみであり、他の19人もの加入可能キャラクターはプレイ次第でバディになるかどうか変わる。

(2)ヒロイン選択としてのクリスマスイベント

 こうしてバディになったキャラの多くには*3クリスマスイベント、エピローグイベント*4が存在している。エピローグイベントでは好感度最大のキャラクターが自動的に選択されるが、クリスマスイベントには好感度条件およびフラグ条件が存在し、複数条件を満たしていた場合は自分で選択することとなる。理論的には複数のイベントを見ることも可能だが、女性キャラクターのイベントを見ると他の女性キャラクターの好感度が一気に下がる仕様となっているため好感度条件の達成が厳しく、実質的にはかなり難しくなっている。
 この仕様からも想像できるように、相手が女性であれば告白イベントになる。いわゆる最終決戦前夜イベントだが、一枚絵が表示されることからも、恋愛ゲームにおける攻略達成と同義に取ってよいだろう。
通常、このゲームにおいてヒロインと呼ばれるのは、攻略対象としてのヒロインたち、つまりこのイベントが存在する8人の女性キャラクターと考えられる。
 クリスマスイベント自体は男性にも存在するが、こちらはもちろん告白は無いし、一枚絵も無い。しかしながら内容はしっかりしているし、學園を出た後の身の振り方を約束する展開も多い(13人中4人)。女性にはこうした展開は無いのを考えると面白いが、女性キャラクターとの差別化のために燃える展開を重視したと考えればそう不自然でもない。なお、ここでは朱堂*5は女性としてカウントしている。

 さて、こうした仕様から、このゲームには複数の攻略対象が存在し、誰を選ぶかはプレイヤー次第と言えるだろう。実際、今井は「ユーザーが好きな女性キャラがヒロインでいいんだと思うよ。ユーザーの数だけ主人公がいるように、ヒロインにしたい女性キャラもユーザーの自由だからね」と発言している(メイキングブック:p181)。
 皆守は男性だが、それでもヒロインだと認識するならそれも有りだろう。主人公像はプレイヤーの数だけあるため、他人の主人公を否定することは難しい。
 だが、皆守がヒロインと称された理由はそれだけでは無い。ゲームの様々な仕様から、彼はこのゲームにおいて重要なヒロインとして扱われているのでは無いかという推測が成されたのである。このレポートではそこに迫っていく。

3.システム面から見る皆守ヒロイン説

(1)イベント条件から見る皆守ヒロイン説

 まずはイベントを見るための条件である。恋愛ゲーム等では、フラグが厳しい、または他のキャラクターとの同時攻略が出来ないのは重要なキャラクターや隠しキャラクターであることが多い。そして、皆守のイベント条件は厳しいものが多いのである。

 まずはクリスマスイベントから見て行こう。このためのフラグ条件はゲーム中最難関といえるレベルだ。一見重要そうに見えない選択肢がフラグ条件となっていることがある、同じ選択肢を三回選ぶと初めて現れる選択肢を選ぶ必要があるなどももちろんだが、皆守のフラグ条件が厳しすぎると言われるのはこれらの点からではない。
 実際には単独のキャラクターとのクリスマスイベントを見ることが想定されているとはいえ、この作品で複数のキャラクターとのクリスマスフラグ条件を満たすこと自体は比較的容易である。八千穂と白岐という、どちらも主人公およびシナリオに関わりの深い二人を同時攻略できることからもそれが分かるだろう。
 だが、皆守のクリスマスフラグ条件を満たすには三人の女性キャラクターのクリスマスフラグをあきらめる必要があるのである。その三人のうち二人が、前述の八千穂と白岐だ。残りの一人と八千穂と白岐の三人の同時攻略も可能であることも特筆しておく。また、クリスマスフラグ条件ではないものの、ある皆守とのイベント(一枚絵あり)は夕薙のバディ加入フラグとの二択である。
 さらに、たとえフラグ条件を満たしていても、クリスマスイベント発生に必要な好感度がかなり高い。バディの好感度はスキルレベルから察することが出来るが、体感的にはMAXに達していないと見られない。皆守は全話に登場するために生半可な数値ではハードルになりえないことを差し引いても、同じく全話に登場する八千穂よりも好感度条件が高いことを考えると相当である(電撃プレイステーション攻略記事の目安より。正確な数値ではない)。

イベント自体が重いので狙っていないプレイヤーがうっかり見て戸惑わないようにしたのではないか、皆守はそう簡単に心を開かないキャラクターなのでフラグが厳しいのだろう、今井はジュヴナイル作品において友情を恋愛より重視する傾向にある、などが理由としては考えられる。今井の描く友情の濃厚さは過去作でも定評がある。
実際、皆守との単独イベントや一枚絵は他のキャラクターに比べて多く、優遇されているように思える。実際、皆守の登場する一枚絵は15枚、そのうち名前のあるキャラクターが同時に登場していないものが9枚。全一枚絵が82枚*6、最も多く登場する女性キャラクターである八千穂が10枚、名前のあるキャラクターが同時に登場していないものは6枚であることを考えると、明らかに多い。
爆弾からかばうだの相合傘だの*7一緒に風呂だのといったイベントがあることなども特筆しておく。
フラグの厳しさ、またイベントでの優遇振りから、「お前はどこぞの真ヒロインか」といった冗談が発生したと考えるのが妥当であろう。

(2)キャラクター相関図から見る皆守ヒロイン説

 キャラクター相関図での皆守も似たような文脈で言及されることがある。

 このゲームでは、自由移動時に、その場にいる複数のキャラクターの主人公を中心とした相関図を見ることが出来る。そこでの主人公へのコメントは、好感度の度合いと、そのうち友情度と愛情度どちらが高いかによって6通りに変化する。皆守の場合、友情寄りが「同級生」→「気が合う奴」→「親友」、愛情寄りが「変わり者」→「暑苦しい奴」→「守ってやる」だ。だが、これはこのゲームにおいては普通の範囲内と言えよう。他の男性の愛情寄り最上級として「絶対服従」「一緒に寝たい」「弓と矢の関係」「俺って変態?」などがあることから察してほしい。*8

 それでは相関図における皆守の何が問題なのかというと、他のキャラクターに向けるコメントである。
その場にいる複数キャラクターが同時に愛情度寄りの場合は、彼らの間のコメントが妙な空気になる。これは片方、あるいは両方が男性でも発生する現象であり、当然皆守が含まれることがある。
 この時、他の男性キャラクターが「複雑な心境」「ライバル?」「危険な存在」程度であるのに対し、皆守の「早く帰れ」「白衣が嫌」などは、内容が言い掛かりに近いだけに、一部のプレイヤーに衝撃を与えたようである。

(3)他のキャラクターの反応から見る皆守ヒロイン説

 皆守に対して【愛】を入力したときの周囲のキャラクターの反応にも面白いものがある。
「……え〜と。二人はラブラブ?」(3rd八千穂)、「あら? アナタたち、そういう関係なの?」(4th朱堂)、「おや、これは失敬。友達だなどと呼ぶのは無粋だったかな?」(5th端麗)、「つまり、そういう甲太郎の事も葉佩は好きだ、というわけか」(8th夕薙、【燃】に対しても)、「まあ……」(9th雛川)、入力は【愛】ではないが「大丈夫ッ。二人の邪魔はしないから」(7th八千穂、【悲】に対して)辺りは、男相手にそんなものを入力した事に対して周囲が誤解するというギャグだとしよう。
だが、「うわッ、もしかして倦怠期ですか!?」(10th奈々子、【怒】か【寒】に対して)といった反応は、さすがにどうなのだろう。
ちなみに、他の男性キャラクターへの【愛】入力には周囲のそうした反応は無い。日ごろ行動を共にしているからこそ誤解しようもあるということなのかもしれないが。

(4)皆守自身の反応から見る皆守ヒロイン説

 また、皆守自身の反応がどうも洒落になっていないという面もある。おそらく本人はそういうものとして言っていないのだろう部分(「俺と一緒に寝るか? ベッドから落ちてもしらないぞ?」)や、葉佩の反応がおかしかったという部分(「いや、付き合えっていってもそういう意味の付き合えじゃなくてな……」(3rd))もあるので、決定的な部分だけ挙げておく。
皆守がその正体を明かす直前で【愛】を入力した時の反応だ。「そうだな……、俺もお前の事が……」。
ここで省略されている言葉は果たして何なのか。主人公が【愛】の感情入力で何を言ったのかプレイヤーには分からないのも曲者なら、「が」という助詞も曲者である。「大切だ」辺りなら文が繋がるとは思うが、筆者が初見で想像したのはもちろん違う言葉である。

このように皆守はそうしたネタに事欠かない。そのため、面白がってヒロインと称する者もいたのだろう。
しかし、皆守がヒロインと称されるのはそうしたシステム面からのものだけではない。ただの攻略対象としての意味でなく、主人公の相手役、救出されるべき存在、シナリオに深く関わるキーパーソンとしてのヒロインにも彼は当てはまると私は考えている。
次章からは、そうした観点から彼を見て行きたい。

4.親友としての皆守

(1)二人の親友

 このゲームにおける皆守は、まず主人公の親友という位置づけにある。主人公のクラスメートで、2th時点で絶対にバディ加入し、常に主人公の傍にいる。主人公の味方であり、代弁者でもある。
 だが、このようなキャラクターは皆守だけではない。もう一人は八千穂である。

 この二人が別格扱いであることは、各話ごとに挿入されるEDのスタッフロールからも明らかだ。皆守甲太郎、八千穂明日香。全話に登場するこの二名は、常に最初に表示される上、他のキャラクター名との間に改行まで存在する。また、re:chargeのエピローグの後に流れるゲーム全体のスタッフロールでも、その背景となる画像でこの二人だけが中央の椅子の隣に立っている。他にも、遺跡探索時に固定バディになるのもこの二人だけである。*9

 物語の進行役を果たすこの二人の役割は、このゲームの主人公にセリフが無いためにますます顕著だ。主人公はキャラクターのセリフに反応する形でしか会話に参加しないため、彼らが主人公に意見を求める場面は何度も見られる。また、物語の展開に驚いたり突っ込みを入れたりする役目も、当然主人公以外のものになる。そのための熱い面とボケを担当するのが八千穂、冷静な面と突っ込みを担当するのが皆守と考えて問題無いだろう。
 喋るキャラクターが二人出て来ることで会話のテンポを生むことが出来ると共に、プレイヤーはどちらかに共感することも出来る。実際、二人の意見が対立してどちらに付くか問われる場面はよくある。また、一緒に帰ったり時間を過ごしたりといった展開は、皆守と八千穂の二択であることが多い。

(2)二人の親友の差

 では、この二人の差は何か。

 まず単純に、皆守は男性である。
女性である八千穂とはどうしても寮などでは別行動になるし、同性の友人と異性の友人はやはり違う。八千穂の性格は明るくさばさばとしていて異性間の友情も想像しやすいとはいえ、このゲームに複数の攻略対象が存在する以上は、共通シナリオで特定の女性キャラクターとずっと行動を共にするのが難しいのもあるだろう。逆に言えば、このゲームで最も行動を共にする女性キャラクターは八千穂なのだが、それについてはおわりにで言及する。
 そうしたわけで、皆守は最も主人公と行動を共にするキャラクターとなる。他のキャラクターからもセットで扱われることも多い。ご丁寧にも1thで「女ってのは、面倒な生き物だからな……」と発言してくれるように女性キャラクターと進展したりもしないので、そういう意味でも男親友キャラポジションである。

 また、八千穂が疎いような、學園生活や《生徒会》に関する知識を教えてくれる役目も皆守が担う。自分から話を展開させることは少ないが、巻き込まれればしっかりと意見は言うし、主人公に意見を求めたり助言したりもする。サポート役だと考えるのが妥当だろう。

 ちょうど、遺跡でのバディとしての皆守と八千穂のスキルを見るようだ。皆守はパッシブスキルが一定確率で正面からの攻撃を回避する「うとうとする」、アクティブスキルがその確率を1ターン上げる「アロマを吸う」で、回避による補助型のバディであるが、八千穂はアクティブスキルが高威力範囲攻撃の「スマッシュ」、パッシブスキルが一定確率で射撃攻撃を反射する「リターン」で攻撃・反撃型のバディである。

 さらに、皆守は当初愛想が悪い。それが話が進行するごとに徐々に内面を見せるようになり、態度も軟化していくというキャラクターである。これには、そうした変化を見せることで、プレイヤーに主人公が着実に日々を過ごしていることを認識させる効果があると考えられる。
主人公は一話に一人以上のペースでバディを増やしていく*10が、当然その全てが全話に登場できる訳ではない。そこで長期に渡る交流を描く相手として皆守と八千穂がいるわけだが、八千穂は転校初日から主人公に対して興味津津で明るく接するタイプなので、徐々に交流が深まっていく描写は皆守との間に行われるのである。見えてくる素の一面にカレーや宇宙人、ツチノコの件などのように天然ボケが入っているのも手伝って、自然に皆守には愛着が湧くのではないだろうか。

 このように、彼は主人公にかなり近い位置にあるキャラクターだと言えるだろう。だが、それだけではいい親友キャラクターの域を出ない。彼がこのゲームのシナリオにおける重要人物である理由は別にある。


 以降はネタバレになるので、九龍を13thまでプレイしたことがなく、これからプレイしようと思っている人はこちらから「結論」へ飛んでいただきたい。
 ネタバレが大丈夫という人だけこちらから次章へどうぞ。

脚注

*1:自由移動を除く。また、回数が選択肢で変動する場合については最小値を取った。そのため、実際のプレイではもっと多いはずである。
*2:他のゲームで言うところのパーティーキャラと思って問題ないが、実際の戦闘ではサポートしかしない。
*3:イベントのあるキャラクターはクリスマスが23人(バディ22人−境+千貫・阿門)、エピローグが22人(クリスマス−鴉室)。
*4:初めに発売されたゲームにはエピローグは存在せず、初出はゲームの後に発売されたシナリオブック。追加要素版にあたるRe:chargeでは実際にゲーム中に追加されている。
*5:乙女の心と強烈な外見及び内面を持つオカマキャラクター。
*6:3Dおよび人物が入っていないもの、差分を除く。
*7:ただし、爆弾からかばうのは奈々子との、相合傘は八千穂との二択。
*8:オカマである朱堂の主人公評も危険なものではあるのだが、そういうキャラクター付けをされている訳でも無い男性キャラクターによる前述のようなコメントの方がこのレポートにおいては重要であるため割愛した。
*9:2nd,4th,13th。2ndが両方、残りは皆守のみ。ただし、4th,13thに八千穂を連れて行くと、専用の会話に分岐する。こうした専用会話は他のキャラクターには存在しない。 なお、本稿ではLast Discoveryを13thと表記する。
*10:フラグや好感度といった条件を満たしさえすれば。
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